ベストセラー『ノンちゃん雲に乗る』の執筆から、『クマのプーさん』、『トム・ソーヤの
冒険』、『ピーターラビット』シリーズなど多くの翻訳に携わった児童文学作家・翻訳家の
石井桃子(1907年3月10日~2008年4月2日)は、浦和の旧中山道沿いで生まれ育った。
その著書『幼ものがたり』(福音館書店・750円/税別)は、「古希」70歳を迎える頃に、
幼い日々の記憶をたどり、家族や友だちについて、近隣の光景などをまとめた自伝・回想記。
石井桃子ゆかりの浦和宿を『幼ものがたり』を片手に約3キロ歩いてみた。
「女子師範付属でもあり、町立の小学校でもあったその学校は、中山道の北の端にある
私の家から言えば、町の南の端近くにあった」(P.172)とあるのは高砂小学校のこと。
「中仙道の南はしを眺めると、道はまっ黒い森の中に入っているように見えた。その森は
調神社という、浦和の町の氏神様で、そこが、そのころの浦和町のはずれであった」。
今はない石井邸近くには、中仙道から分岐して与野方面に続く与野道を標す
庚申塔があった。現在浦和博物館の中庭にある。
かつては小さな踏切があったが、現在は歩道橋がある。
「みんなで箱からだしたおひなさまは、修理するところがあれば、おじいさんがなおす。
なおしようもなく、虫がくったり、くずれたりしてしまったのは、まとめておいて、
あとで、鉄道線路の向こうの三角稲荷の縁の下に『納めに』ゆく」(P.215)とある三角
稲荷は、旧本太村北部一帯に住む石井姓と石塚姓一族の氏神。
「向こう三軒両隣ということばがあるけれど、私たちが育つころは、これはおとなの世界の
ことばかりでなく、子どもたちにも通用した、自然にできあがった安全な遊び場であった
ような気がする」と、石井桃子は『幼ものがたり』(P.251)のなかで触れているが、
旧中山道の浦和宿あたりが彼女にとっての安全な遊び場だったようだ。
取材協力 「浦和宿けやきの会」
伝統建築の愛好会。原田紀子さんが主宰し1989年から活動。
建物見学会の他、「浦和たてものマップ」、絵はがき「浦和のたてもの」、「浦和宿けやきの
会たより」を発行。浦和の伝統建築が再開発で次々と失われてゆくなか、活動を一時中断して
いたが、今年から奇跡的に残った町家を活かしたまちづくりを提案すべく、建物見学会などの
活動を再開。
◎イベント案内
浦和けやきの会が企画する街歩きイベント『石井桃子ゆかりの浦和宿を歩く』が開催される。
「さいたま朝日」8月号の特集記事をより詳しく解説付きで案内してもらえる!
▼9月26日(土)9時半、浦和駅改札前集合、参加費500円。
▼問合せ 浦和宿けやきの会・原田さん783-2575
【さいたま朝日2015年8月23日号から抜粋】
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